米国よりドン・シスク師ご家族来日。
南千里センタービルの一室で千里ニュータウンバプテスト教会がスタート。
シスク宣教師の力強いリーダーシップのもとで、
初めの一年で52名の受浸者が与えられ教会の基礎が築かれる。
小川牧師は教会のオープニング集会に集いキリストを信じる。
その後、シスク師のあとを引き継ぎ、牧師就任。
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各地での集会所を借りながらの礼拝から、会堂取得へ導かれる。
千里ニュータウン中心部、上新田に100名収容の会堂を建てる。
同時期、群れが増やされ150名が集うまでに成長。
会堂が入りきれないために、二部礼拝を導入するようになり、
新しい会堂のために祈りはじめる。
1972年には広島に伝道所を開設し、のちに広島聖書バプテスト教会を設立。
1977年には北海道旭川に伝道所を開設し、のちに旭川聖書バプテスト教会を設立。
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同じ、千里ニュータウン上新田の地に、300名収容の会堂を建築。
はじめはゆとりのあった礼拝堂もしだいに満たされはじめ200名の人々が集うようになる。
1981年には鹿児島県長島に伝道所を開設し、のちに長島恵みバプテスト教会を設立。
1984年には神戸市須磨区に伝道所を開設し、のちに須磨めぐみバプテスト教会を設立。
その後も多くの献身者、伝道者を日本の各地へと遣わすようになる。
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この頃より、300名の人々が集うようになり、宣教の働きがさらに前進し、
国内はもとより海外へと宣教師を派遣するようになり、1991年にはタイへ、
1994年にはペルーと共産圏へ、1998年にはボリビアへ、
2000年にはロシアへ海外へと現在5組の宣教師を派遣し宣教のわざが進められている。
また1990年代後半より各部会教育プログラムが整えられ充実していく。
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2000年に入り350名の人々が集うようになり、
特別集会ではしばしば500名を超える出席者が与えられる。
はじめは私たちに大きすぎた会堂も、しだいに満堂となり二部制礼拝を再導入。
そして、2001年、会堂建築委員会を発足し、新会堂建築が祈りのうちに進められる。
小川幸子牧師夫人が急病により倒れられ2001年8月召天。
教会は大きな試練と悲しみを経験するが、多くの祈りに支えられ、
2002年秋、千里ニュータウン北部に位置する箕面市今宮に700坪の土地を購入し、
1000人規模の会堂を建築。
(700名の礼拝堂、150名のチャペルがある礼拝堂棟、
200名のフェロシップホールを備えた教育館棟)
2003年10月竣工。
2008年2月、会堂西側隣接地462坪を取得。
5月より、教会新駐車場として利用開始
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>> 教会新駐車場工事報告HPへ。
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